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行雲流水(行脚55年 その1)



こう  うん   りゅう すい

 行 雲 流 水 (行脚55年 その1)

―――全国行脚七年有半―――


 

雲は行き、水は流れる 

 

禅の修行僧を「雲水」と呼びます。 

 

 

それは雲が風のままに移動し 水が絶えず流れるさまが、

 

一ヶ所にとどまらず  自由自在に処する

 

禅の修行者の在り方を表しているからです。

 

 

 

 この句は、

 

「墜葉飛花」(ついようひか)(つい)をなしている句で、 

 

 

その意味は、 

 

空を行く雲 

 

川を流れる水 

 

木から落ちる枯れ葉、 

 

草木から散る花などは 自然現象です。 

 

 

雲の表情は一瞬ごとに変化し、消えてなくなる。 

 

そして 

 

また何処からともなく雲が生じて また変化し、消滅してゆく、 

 

この移り変わりの一部分を 

 

一瞬たりとも止めておくことはできない。

 

 

鹿児島~東京までの行脚中(平成24年広島県・尾道)


()(かわ)の流れは絶えずして

 

しかももとの水にあらず  

             (鴨長明)


流れる水も 

 

どれが 水の本当の表情なのか分からない。 

 

また一瞬たりとも その流れを止めて 

 

その表情をとらえることなど、とうていできない。 

 

青々とした葉が、 いつの間にか枯れ葉になり、 

 

落ちていく姿を見て 人は哀れさを感じるが、

 

といって

 

落ちる枯れ葉をもとの青葉に戻すことも、

 

落ちないようにすることもできない。

 

 

盛りを過ぎた散る花、 

 

その花を もう一度再現したいと思っても、

 

もうその花は

 

もとの草木に戻すことはできない。 

 

 

「行雲流水、墜葉飛花」とは 

 

 

世間の無常を表した語句です。 

 

 

 

したがって

 

行雲流水は、 

 

諸行無常 をいい表したものといえます。 

 

 


 禅の修行僧「雲水」と呼んだのは、

 

本来の意味からいえば、修行僧に定住の家もなく、

 

名誉や金銭に執着があるのではなく、 

 

自然の無常の在り方 そのものであるところが

 

まさに行雲流水、墜葉飛花のありさまに 似ていたからなのでしょう。


いっかくせんきん

一攫千金 は 夢物語


私は、政財界人の支援をうけて、 昭和48年(32歳)、

 

北伊勢鈴峰・釈迦ヶ岳山麓の老松古杉に包まれた 常緑の地(3,000坪)に禅道場500坪)建立しました。 

 

そこで慎重に足元を固めればよかったのですが、

 

勢いに調子付いて事業を拡大して失敗し 億の財産を失いました。

 

 

  それから人生の歯車が狂って 何をやってもうまく行かず

 

失敗の連続で 窮地に追い込まれていきました。 

 

 

苦しい時は 自分のことを棚に上げて

 

人の所為(せい)にして 人を恨み、 他を責めてしまいます。 

 

 

これでは世間を狭くして 何をやってもうまく行くわけがありません。

 


 

その結果、  

 

煩悩地獄、妄想苦海 真逆様に落ちてしまったです。 

 

 

地獄でもがきあがいている時は、 (まわ)りがみえなくなり 

 

苦しみの原因 何処にあるのかわかりませんでした。 

 

 

だから嫌な事、苦しい事から なんとか逃げようとして、

 

酒におぼれ 女におぼれて 

 

心は晴れず、 苦悩の日々を過ごしていました。

 

 


明 鏡 止 水


 

『荘子』にある

 

「明鏡止水」人は流水に(かんが)みること()くして、止水に鑑みる) 

 

の名句の意味をで理解していても、 

 

いざ逆境に立たされた時、 

 

自分の心が名利愛憎のために動揺して 物事の真の姿を写しだすことができません。

 

 

例えば、朝、顔を洗う時、 

 

洗面器の水が澄んでいると、自分の顔をそのまま写しますが、

 

水が揺れていると 顔がゆがんで写ります。 

 

 

心が平常心であれば物事は正しく、ありのままに写りますが、

 

心がいつも動揺し不安だと 物事がゆがんで写り正しい判断ができません。

 


 

ですから何をやっても失敗し 

 

そうなると益々焦って 詐欺師の甘言にのって一攫千金をねらい 傷をさらに大きくしてしまいました。 

 

 

そして残っていた土地も建物も 彼らにとられ、 

 

その結果 無一物無一文の丸裸になり、

 

 

落魄(らくはく)して 人生のどん底をのたうちまわり、一時は人間不信に陥りました。

 

 

おちぶれて 袖に涙の かかるとき

  

  人のこころの 奥ぞ知らるる


挫折感 を バネ に 再起する


 

人生のどん底で体で学んだことは、

 

濡れ手で粟の大儲けや  一攫千金などということは  滅多に世の中にない、ということでした。 

 

その一攫千金の如く見えるものの多くは、 

 

これまた苦心(くしん)惨憺(さんたん) 

 

その心を練り 

 

その胆力(たんりょく)を鍛え 

 

幾多の艱難(かんなん)を経ての結果だとわかりました。

 

 

 

自分のを中心に行動すると、 

 

周りがみえなくなり、思わず知らず 人の道をたがえてしまいます。 

 

 

 

自分さえよければよい 

 

という行いが  結局は 世間に受け容れられず、

 

自分を窮地に追い込んだのだ猛省しました。 

 

 

そして 挫折感に打ちひがれている場合ではない。

 

 

相手を恨んでいるようでは この地獄から抜け出せん。

 

 


 

この挫折と屈辱から  一歩も這い上がることができず、

 

一生何らかの心の負い目背負って生きなければならないことになると 

 

挫折を真正面から受けとめ 

 

 

(まく)妄想(もうぞう)(妄想すること(なか)れ) ―――煩悩妄想の流れを截断(せつだん)して、

 

  

分別心、執着心の根を 木っ端微塵(みじん)に打ち砕き、 

 

 

一切を捨てて 捨てて 捨て切って  

 

大死一番 すると腹が決まったら 

 

眼前に道が開けて来たのです。 

 


 人は道に迷っても、 

 

 求める心があれば

 

 いつでも どこかに 行く道、

 

 よりすぐれた 善き道   発見されます。

 

  

何ごとをするにしても、 

 

 

「やるぞ!」 

  

という 最初の決心 が 大切だとわかりました。 

 

 


窮すれば通ず


 

(かん)()(じゃり)寒殺(かんさつ)し、(ねつ)()(じゃり)(ねつ)(さつ)す」

 

寒い時には寒いに成り切り、 暑い時には暑いに成りきる

 

という意味です。 

 

 

 

私は嫌なこと、 苦しい事があると 

 

当面の境を避けて他に向かって求めようとしました。 

 

  

しかし、直面している苦しい問題から逃げようとするから、

 

 

その問題は いつまでたっても解決しません。

 

 

 

そこで 益々自分の立場を苦しくすることになりました。 

 

 

「今」、「ここ」この一点を、 

 

どうもがいても 逃げることができないのならば 

 

いたずらに回避ばかりしておらず、 

 

 

「断崖より手を放って事後をまつ」

 

  

断崖絶壁から身をおどらせて 飛び込めば、

 

真っ逆さまに 谷底に落ちて行くだけであるから、

 

 

(にん) (ぬん)―――後は一切を自然に任せるより道がない。 

 

 

天才でない 愚物の自分は 

 

一切を捨てて開き直り 捨ての一手で生き抜く、

 

そうなれば もう恐いものもないから、 

 

どんと 腹が据わることができました。 

 

 


苦しい時、 

 

その苦しい問題の中に飛び込んで、それに徹する、成り切る。 

 

  

そうすれば、 

 

「窮すれば 即ち 変じ、変ずれば 即ち 通ず」で、 

 

かえって活路が見出されます。

 

 

 

しかし、苦境に立たされた時、

 

地位とか、名誉とかを気にしたり、世間体が悪いとかいっている間は、 

 

まだまだ 窮地に徹していないといえるでしょう。 

 

 

 

これは私の経験からいえることですが、 

 

窮して 

 

窮して

 

窮し切ったら

 

恰好が悪いとか、どうのこうのとは いっておれなくなります。 

 

 

そして見栄も外聞(がいぶん)も かなぐり捨てて、  

 

心を無にする、

 

 

大死一番 

  

一切を捨てて、捨てて 捨て切って

 

死んで 死んで 死に切ったら、 

 

そこに

 

必ず一筋の道が開けてきます。 

 

 


生きながら 死人となりて なりはてて

 

思ひのままに するわざぞよき 

              (至道無難禅師)


四周ことごとく不利と思う 環境であっても、

 

いやだ いやだ と思われるほどの場所であっても、

 

その環境や場所は、 

 

ことごとく 自分の人物をつくりあげる 苗床であり、 砥石であると考えて 

 

一心不乱に 自分の仕事に打ち込めば、 

 

どんな隅っこに居ようと、

 

縁の下に居ようと、

 

何時かはその真価が顕れてきます。 

 

 

 

いやだと思う仕事も 

 

一心不乱にやっておれば、大概好きになり、

 

不適当だと思った仕事も、

 

工夫をこらして熱心にやれば 必ず立派に出来、 

 

従って興味も出てくるというものです。

 


全国行脚 を 発願


 

私は絶体絶命の暗黒裡に 突き落とされ、

 

進むに路なく 退くに所なくなり、 

 

窮して 窮して 窮し切った瞬間、

  

このような事態が起きた原因は、 

 

自分の愚かさ いたらなさ故と 心底から反省しました。 

 

 

そして

 

反省はしても  後悔するような人生はおくりたくない

 

 と、自分自身の

 

根本的人間改造を決意し、

 

昭和578月、

 

一笠一杖の乞食(こつじき)雲水(うんすい)となり全国行脚に旅立ちました。 

 

*「禅宗は行脚宗」に つづく

 

 

平成28年9月16日 

 

         宗教法人 自然宗佛國寺    開山  愚谷軒 黙雷 


自然宗佛國寺・開山 黙雷和尚が、
行脚(徒歩)55年、下座行(路上坐禅)50年から得たものを、長期連載でお伝えいたします。


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